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耳が聞こえなくたって貧しくたって 「名もなく貧しく美しく」(1961年/松山善三)
1月10日(土)
昨年より読み続けていた高峰秀子著の「私の渡世日記」を、年をまたいで読み終えた。
渡世日記ゆえに、もちろん作品中にも頻繁に登場するダンナ様・松山善三演出の「名もなく貧しく美しく」が、日本映画専門チャンネルで放送。
おっとこれはタイムリー、というわけで早速鑑賞。
戦後の混乱期を懸命に生きる、ろうあ者夫婦の姿を描く。道夫と秋子は、ろう学校の同窓会で出会って結婚するが、2人はさまざまな苦難に立たされる。(以上、日本映画専門チャンネルより引用。)
タイトルどおり、なんとも美しい。
ろうあ者夫婦を主題としているということで、観る前は、大袈裟な演出お涙ちょうだい的な内容を覚悟していた。
ところがどっこい、ろうあ者夫婦の苦難という主題が決してがうるさくなく、素で感動することができた。
これは、夫婦役である高峰秀子と小林圭樹の演技が悲観的でないところに依るのだと思う。
手話でのコミュニケーションにも、まったく不自然さを感じさせない。
当たり前だけれど、ろうあ者であっても日常生活は日常生活として成立しているのだな。
それにしても、夫婦役の二人の演技は素晴らしい。
高峰秀子はおぼつかないながらもまだ喋ることができる、という設定だが、小林圭樹にいたっては、作品中一言も発しない。オール手話!
全編中で演じられる、そのボリュームが凄い。
大変だったでしょうに、まさに役者魂!
ラストはあまりに切なすぎますー!
戦後の混乱期、秋子(高峰秀子)は戦災孤児のアキラ君を一時可愛がって育てていたものの、離ればなれになってしまう。
しかし、そのアキラ君が成長して(加山雄三)、夫婦の家に会いにやってくる。
息子の一郎の卒業式を見るため学校に来ていた秋子は、その知らせを聞き、嬉しさいっぱいに自宅へ駆け戻る。
ところがなんと、嬉しさのあまり周りが見えず道路に飛び出し、トラックにはねられ死んでしまうのだ。
アキラ君!もうちょっと時間ずらして来てくれないかな(笑)!
最後の最後、一人息子の一郎の言葉がまた泣かすじゃーありませんか。
「僕は世界中で一番お母さんが好きです。お母さんは死にましたが、僕の心の中に永久に生きています。僕はそれを信じることができます。」
昨年より読み続けていた高峰秀子著の「私の渡世日記」を、年をまたいで読み終えた。
渡世日記ゆえに、もちろん作品中にも頻繁に登場するダンナ様・松山善三演出の「名もなく貧しく美しく」が、日本映画専門チャンネルで放送。
おっとこれはタイムリー、というわけで早速鑑賞。
戦後の混乱期を懸命に生きる、ろうあ者夫婦の姿を描く。道夫と秋子は、ろう学校の同窓会で出会って結婚するが、2人はさまざまな苦難に立たされる。(以上、日本映画専門チャンネルより引用。)
タイトルどおり、なんとも美しい。
ろうあ者夫婦を主題としているということで、観る前は、大袈裟な演出お涙ちょうだい的な内容を覚悟していた。
ところがどっこい、ろうあ者夫婦の苦難という主題が決してがうるさくなく、素で感動することができた。
これは、夫婦役である高峰秀子と小林圭樹の演技が悲観的でないところに依るのだと思う。
手話でのコミュニケーションにも、まったく不自然さを感じさせない。
当たり前だけれど、ろうあ者であっても日常生活は日常生活として成立しているのだな。
それにしても、夫婦役の二人の演技は素晴らしい。
高峰秀子はおぼつかないながらもまだ喋ることができる、という設定だが、小林圭樹にいたっては、作品中一言も発しない。オール手話!
全編中で演じられる、そのボリュームが凄い。
大変だったでしょうに、まさに役者魂!
ラストはあまりに切なすぎますー!
戦後の混乱期、秋子(高峰秀子)は戦災孤児のアキラ君を一時可愛がって育てていたものの、離ればなれになってしまう。
しかし、そのアキラ君が成長して(加山雄三)、夫婦の家に会いにやってくる。
息子の一郎の卒業式を見るため学校に来ていた秋子は、その知らせを聞き、嬉しさいっぱいに自宅へ駆け戻る。
ところがなんと、嬉しさのあまり周りが見えず道路に飛び出し、トラックにはねられ死んでしまうのだ。
アキラ君!もうちょっと時間ずらして来てくれないかな(笑)!
最後の最後、一人息子の一郎の言葉がまた泣かすじゃーありませんか。
「僕は世界中で一番お母さんが好きです。お母さんは死にましたが、僕の心の中に永久に生きています。僕はそれを信じることができます。」
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